richkoshimimizu's blog

アクセスカウンタ

zoom RSS リチャードコシミズの原点【オウムの真相を知るイキサツ】━@1995年12月〜1999年1月

<<   作成日時 : 2013/05/07 21:00   >>

驚いた ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

画像

 1995年9月 リチャードコシミズは、12年間勤務した株式会社ムサシノキカイを退職した。

 1995年11月 ムサシノ時代に仕事で接触のあったある会社の専務から、リチャードコシミズの自宅に就職の誘い電話が入り、就職が決まった。

 1995年12月 リチャードコシミズは、東京都中央区銀座1-15-2 銀座スイムビル7階の株式会社アーテックに、国際部所属で雇用された。

 1996年〜99年の間に3人の役員・社員が病死した。おかしいと思った。
 一人目の当時アーテック社長の荒木敏子の時は、あまり疑問には感じなかった。年齢からいって、不思議ではなかった。
 二人目の当時関連会社社長の片山俊三郎になって、どうも裏があるように感じた。しかし、まさか息子の片山俊雄が、父親を金のために殺すとは思わなかった。
 三人目のアーテック課長中川卓明に至って、犯罪の影を口に出す社員が数人出てきた。

 3件に共通することは、

@三人の死亡の一ヶ月位前から、日頃、接触のない複数の人物から、特定の会社幹部(同一メンバー)に頻繁に電話連絡がある。死亡と同時に、これらの電話が一切無くなる。

A3件の入院・葬儀などの手配に奔走するのが、常に同じメンバー(アーテック現常務・社長室長の中島幸一、中島の配下の現営業次長の原信夫、営業部長の岸洋一、そして現社長の片山俊雄)であり、実に手際がよい。事前に計画したとおり進行させている感が強かった。メンバー以外の一般社員には、告別式段階まで一切手を出させなかった。

B片山俊雄と中島幸一との密室(社長室)での打ち合せが連日数時間に及んでから、それぞれの死亡事件が起きた。

 それ以外にも、不可思議なことは、

C「テラサキ」と名乗る男性から、中島の不在時、電話があり、「この電話は、羽村ですか?銀座ですか?」と聞かれた一般社員が居る。アーテックには、銀座と大阪、埼玉蕨以外に事業所はない。何らかの目的ために、羽村に一般社員の知らない隠し事務所を設けていた可能性がある。複数の保険の加入業務を行うダミー事務所、もしくは脱税拠点と考えられる。

D一人目の荒木敏子の死亡の際、片山夫妻はちょうど結婚何十周年かのヨーロッパ旅行に出かけたところだった。現地に到着したところで、訃報を知り、とんぼ返りして、通夜に間に合った。中島による帰りの航空券の手配など、手際のよさが際立った。
荒木社長殺害の計画に同意する条件として、極めて小心な片山が、自分のアリバイを確実にしておいたと考えることもできる。

E1999年1月初、三人目の中川卓明が死亡すると同時期に、出入りの第百生命の外交員も病死した。聞いてもいないのに、中島がわざわざ外交員の病気のことをリチャードコシミズに報告に来た。リチャードコシミズの反応を見たかったのか?中川の死亡に第百生命の社員が関与していると考える。分け前を欲張りすぎたのかどうか知らないが、何らかの理由で中島たちに消されたと考えています。氏名はわかりません。暫らくして、この外交員は死亡したが、中島からリチャードコシミズに報告はなかった。

F中川の死亡後2〜3週間ほどして、メンバーの表情が一様に明るくなった。メンバー同士で冗談を言い合い、何かが起きたことが感じられた。保険金が入ったととる事も出来た。

G暫くして、中川の夫人がアーテックを訪れた。未亡人と例のメンバーだけが、密室に入り、1時間ほど談笑していた。絶え間ない笑い声と嬌声が聞こえた。リチャードコシミズは、夫人も事件に関与しているとの感を強くした。夫人が保険金の分け前をメンバーに渡しに来たのかもしれない。

H会社として、全く取引のない筈のアジア技研工業という企業から中島への妙に親しげなファックスが入った。差出人の企業の実態がわからないが、事件に関わっている可能性がある。

 岸以外のメンバーはそれぞれ昇格したので、犯罪面での論功行賞であると感じた。この時点では、少なくとも中川の死亡について、保険金殺人の事件性を確信していた。しかし、これらの疑惑では直接犯罪実在の証拠には繋がらないし、リチャードコシミズの妄想と片付けられても仕方がない。疑惑を実在と繋げてくれたのは、後述の現役警察官である。


 1999年1月末 リチャードコシミズは、警視庁のホームページに、中川卓明の死亡が、保険金殺人によるものであるという短い匿名の告発メールを送った。
 警視庁からの反応は無かったが、警視庁内部の犯罪者集団は、リチャードコシミズのメールから告発活動があることに気づき、アーテックのメンバーにも連絡したはずである。

 その後、勘づいていた一人の社員は、雇用契約を解除され、もう一人の社員は、犯罪の実在に確信を持ち、自分に危害が及ぶことを恐れ、6月末に無理やり退職していった。

 リチャードコシミズは、なぜか何も怖く感じなかったので、相変わらずマイペースで勤務を続けた。
画像

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
リチャードコシミズの原点【オウムの真相を知るイキサツ】━@1995年12月〜1999年1月 richkoshimimizu's blog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる