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zoom RSS リチャードコシミズの原点【オウムの真相を知るイキサツ】━A1999年8月24日〜10月29日

<<   作成日時 : 2013/05/08 21:03   >>

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 殺人仲間への勧誘と、リチャードコシミズの抹殺の動きから、あやしい仕組みを解き明かして行くことになる。裏組織も、数人の犯罪者をかばわなければ、ここまでオープンにされることは無かった。

 1999年8月24日 リチャードコシミズに「俺たち、片山さんは好きじゃないんだよ...嫌いなんだよ。」と、中島と原が言った。社長の片山俊雄の保険金殺人を計画しているのは、とっくに解っている。リチャードコシミズの存在は、過去の犯罪の発覚や、次の犯罪を安全に行うためにはどうにも怖くて仕方が無く、仲間に引き入れる必要があったのだ。片山殺害にも加担させることで、共犯にしておきたかったのだ。
 リチャードコシミズは中島と原の誘いを即座に拒否した。彼らは、ワインに薬物を混入させ、前後不覚にさせた。お陰で体調を酷く崩したが、兎に角、翌日以降も無理をしてアーテックに出社した。

 1999年8月27日午後 早退し、そのまま家族ともども一時身を隠した。
9月1日夕方に米国TREDEGAR社の幹部が来社するので同席してくれと片山から念を押されたことから、リチャードコシミズの殺害計画を進めていると恐れを感じての行動である。
 一週間ほどして、リチャードコシミズは複数の社員の自宅に告発書簡を送付した。

 1999年10月12日 警視庁のホームページあてに3件の保険金殺人事件の告発メールを送付した。警視庁からの反応は無かった。同時にマスコミ各社にも、同様の情報をメールで流した。告発メールは警視庁内部の協力者の手で隠匿され、犯罪組織に回送された筈である。その頃、リチャードコシミズの告発文を読んだというマスコミ関係者を名乗る女性からリチャードコシミズの自宅に電話があった。会って話を聞きたいというので、10月18日に会うことにした。

 1999年10月18日午後2時、マスコミ関係者とホテルのロビーで会った。彼女は、身長160cm位の長い黒髪のなかなかの美人であった。現代女性には珍しく、髪を一切染めていなかった。いただいた彼女の名刺には、フジテレビ ニュースジャパンの信原麗(ダイヤルイン03-5500-8480、FAX03-5531-8270、E.MAIL:rei.nobuhara@fujitv.co.jp)と書いてあった。リチャードコシミズのフジテレビあてのメールを見て取材をしたかったとのこと。彼女は、既にアーテックの荒木敏子前社長が死亡していることを調査で確認済みだと言った。
そして、以前勤務していたムサシノについても、会社の登記簿を取り寄せていた。リチャードコシミズは、事件の鍵となる人物の一人で武蔵野産業専務である西井大八氏が、99年の初めに役員を降りていることを知った。
 アーテックで死亡した中川や犯罪関与者の写真を彼女に渡した。
 信原さんは、4時ごろまで非常に熱心に聞いてくれた。途中、上司と称する人物から10回近く、彼女の携帯に連絡が入った。

 その時点では、彼女が本当にフジテレビの記者であるのか疑問に思わなかった。フジテレビには実際に信原という記者がいて、それが彼女と同一人物でないかもしれない。フジテレビではなく、近くのホテルで取材を求められたのも疑問であった。
 後日、反応らしき反応は無かった。保険金殺人とオウムがからんだ事件に、警察が捜査に動き始めたと知った普通のマスコミ人なら絶対に飛びつくはずと思った。ところが、不思議な沈黙が続いた。
 彼女が、報道記者を繕ってリチャードコシミズから情報を聞き出そうとした裏組織のメンバーであると考えられないこともない。もしくは、報道記者であり、かつ裏組織のメンバーであるかもしれない。そういえば、長い黒髪の女がオウムにたくさんいたと聞いている。

 1999年10月22日 アーテックは、弁護士の名前を使って、「告発の内容は全て妄想であり、これ以上告発活動をすると名誉毀損で告訴する。謝罪文を出せ。さらに未決済の支払金を弁済せよ。」という内容の通告書を出して来た。
 後日、リチャードコシミズから、一日も早い告訴を促し、未決済の支払金は相殺するとアーテック側の大幅借越しになるとする書面を三度送った。
 この時点では、3人の死亡を保険金殺人に結び付けるには直接的物的証拠はなく、多分に想像の範囲である。中島も、リチャードコシミズが半信半疑の状態であると推測し、弁護士の文書で通告すれば黙ると計算したのであろう。

 1999年10月29日12時55分、電話が鳴った。警視庁捜査一課の小野・鈴木と名乗った。「警視庁にもらったE.メールの件で、話を聞きたいので10月30日(土)か31日(日)のどちらかに警視庁に来てください。資料まとめて持ってきてよ。」そう言われて、リチャードコシミズは、翌30日の土曜日に訪問することを約束した。この時点では、リチャードコシミズは、警視庁からの電話が、正規の捜査に基づくものであると信じて疑わなかった。
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