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zoom RSS リチャードコシミズの原点【オウムの真相を知るイキサツ】━D1999年10月30日夜〜11月21日

<<   作成日時 : 2013/05/11 21:00   >>

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 1999年10月30日〔土〕の夜、その日にあった出来事を考えてみると、何らかの対抗策をとるべきと考えた。相手が、強大で組織的ではあるが、間抜けでもあることがわかってきた。
 30日〔土〕の夜と31日〔日〕に自称フジテレビ記者信原麗にファックスしたが、反応がなかった。

 1999年11月1日〔月〕 警察官の偽装捜査、鈴木が、早速リチャードコシミズの東京の実家を突然訪問した。鈴木は、警察手帳をほんの一瞬、両親にちらつかせ、所属や氏名まで確認させなかった。何も身分を証明するものがないと疑われると考えたのか、「警視庁刑事部捜査第一課、警視庁警部補 鈴木忠一」という名刺を提示した。名刺には、手書きで内線番号735-320と書き加えてあった。
 犯罪組織の一員の警察官が、捜査のふりをして、後日事件性はなかったと報告し、「思い違いだった」と納得させる手筈であると考えられた。鈴木が実家を訪れた目的が、告発をすれば家族に危害を与えると言う暗示の恫喝であると感じた。なので、次の手を打った。

 1999年11月1日〔月〕昼前 警視庁捜査一課長あてに、「11月3日は、警視庁を再訪できない」という趣旨で、課長の目には触れないのを承知の上で、正体は見破っているぞと分かるメールを送った。宮沢・小野・鈴木らの捜査が擬装であること、犯罪組織の動きの予測、三人の殺害を依頼したアーテックとの取引を書いた。
別件逮捕される可能性も考えれた。

 1999年11月1日午後4時頃 会社の一般社員から聞いた話によると、二人の警視庁刑事がアーテックに来て、中島と応接室で、数時間話をしていった。翌2日にも再訪した。写真で確認したら、小野と鈴木であった。リチャードコシミズが主犯格と言った中島に面会している。
 メールで追い詰められ、アーテックに行き善後策を中島と協議したと考える。警察官の身分を明かしたのは、捜査の一環という印象を装うためであろう。中島から一般社員には、「リチャードコシミズが殺されると騒いでいるので、刑事が調べに来た。ばかばかしい話だ。」と言う趣旨の説明がなされた。これで同僚から、キチガイ扱いされるに至った。
 彼らは、一般社員が疑惑を持つことを恐れたので、リチャードコシミズの告発が精神異常に起因すると社員に印象付ける必要があった。その意味で、刑事の来訪は頭のよい計略だった。思いついたのは、悪知恵天下一品の中島しかいない。

 リチャードコシミズは、8月以降、あえて誰とも連絡を取っていなかったし、盗聴を予測して一切情報が漏れないよう配慮していた。
 警察官の偽装捜査がリチャードコシミズに見破られ、中島と警察官は、緊急に会って善後策を練る必要が出たので、会議の場所をアーテックとし、リチャードコシミズが警視庁に提出した書類をつぶさに調べ、策を練ったと思う。
 当日夜及び翌日、小野から携帯電話に留守番電話が3本入った。留守電の伝言内容から、小野がリチャードコシミズの11月1日のメールを間違いなく読んでいる。アーテックへの賠償金の支払提案に対する肯定的解答を含んでいた。リチャードコシミズの提案の目的は、彼らが実際に金を支払うと、犯罪の証明になる計画だったが、結局、金を受け取ることにならなかった。

 1999年11月2日以降、鈴木が実家の両親に2度ほど電話して来た。警察官は、リチャードコシミズの告発活動を阻止するために家族に働きかける手段をとったのだ。両親は、「なぜ警察手帳や名刺を提示しなかったか」とリチャードコシミズの疑惑を問い質してくれたが、鈴木は「必要がないと思って」と説明した。
 鈴木の目論みは、両親にリチャードコシミズの告発が妄想だと思わせ、両親からリチャードコシミズの動きを止めさせること、両親に頻繁に連絡をとる事で、リチャードコシミズに対する圧力をかけることだと考える。彼らに出来ることは、それくらいしかなかった筈だ。
 老練の刑事が、人を騙すのは簡単だ。真面目に生きてきた普通の人には、警察官がそこまで穢れているとは思えないし、ましてや警察官絡みの大犯罪が、周囲で起きていると考えることも現実的でない。息子の妄想か、勘違いと考えて、安定した心理を確保できる一番安易な考え方に逃げ込むのも仕方がないと思う。だから、鈴木に騙された両親に、真実を伝えるのに苦労した。

 1999年11月8日 リチャードコシミズの自宅の留守電に、小野のヤクザまがいのどすの効いた声で、「今度、奥さんと一緒に会いたい。」とあった。要するに、アーテックから仕入れたリチャードコシミズの個人的な情報を使って、脅しを掛けてきたのである。

 1999年11月9日 警視庁捜査一課長あてに再度メールを送った。

 1999年11月20日 警視庁の犯罪被害者相談室にファックスを送った。応答無し。警察庁のホームページにもメールを送った。返答無し。

 アーテックの中島宛にファックスを送った。ファックスの内容の個人攻撃を名誉毀損などで告訴したら、自らの犯罪を暴露することになりかねないので、告訴はできない。

 1999年11月21日 アーテックの中島宛に再度ファックスを送った。
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